やりきれない思いを投げる

  • 2017.02.13 Monday
  • 22:53
氷帝についてめちゃめちゃ厳しいことを書いてるので氷帝が大好きな人は帰って下さい。

































大丈夫ですかね? そんなわけで3rd六角戦が終わったわけですが、ちょっと色々感想などを。






終わっての感想としては、『なんであんな演出になっちゃったんだろうなあ』という感じ。
山吹公演のときにも思ったけれど、やっぱりテニミュは人気校に引っ張られやすい、民主主義な舞台なんだなあと改めて思った。
東京公演のときにも最初から思ったけど、明らかに『氷帝』と『青学vs六角』のブツ切り感が凄くて、違和感だった。
氷帝が六角戦見に来ないなんてわかってるし、ああするしかなかったのもわからなくないけど、じゃあ初めから『featuring』ってシステムがいらなかったのでは?と思ったりもした公演だった。
見に来るという流れでなくても、青学か六角どちらかと氷帝が絡むチャンスはどこかに作れなかったのかなと今も思う。それは原作通りじゃないってのもわかっているけど、テニミュはテニミュとして、『featuring校』という制度を使うなら何か繋がるように舞台を演出出来なかったのかなと東京公演を見終わってからずっと残念で仕方がなかったし、あまりにも唐突でブツ切りなのでテレビのCM感があった。
なんでそこまで残念な気持ちがあるのかというと、氷帝の出来が本当に、本当に、残念だったから。
これまで3rdのテニミュを観てきて、『featuring校』はそれぞれ、どの学校も自身の本公演よりも凄く良い出来になって帰ってきて、その公演を引っ張ってくれているのを見てきていた。その様子を見て『ああ、彼らも成長したなあ』と嬉しくなるのが『featuring校』を見る楽しみでもあった。

でも氷帝は違った。

三浦くんは、ほんっとうに、ほんっとうに、ほんっとうに、よかった。彼のために作られていた新ナンバーを歌い上げて踊りあげる姿は頼もしくもゾッとするほどの美しさ、そしてそれに寄り添うような一筋の儚さも感じて、本当に新しい跡部の解釈だなあと改めて感じた。

ただ、他が。

今回の氷帝はシーン的に演技よりもダンスと歌で魅せる用のシナリオだったように感じたけれど、その、歌が、とにかく、ひどかった。
酷いというか、キーが合わないとか、根本的に歌えないとか、下手とか、あるのは氷帝公演の時から感じていたけれどそれでも氷帝公演の凱旋のときには大分良くなって、大千秋楽のときにはとても良くなっていたと感じていたのに、六角公演の東京公演ではいきなり初めから酷くて『featuring校なのに!?』とそれまで『featuring校』に対して持っていた良いイメージが氷帝に全くなかったことにも、それを感じることの出来なかった自分にも、酷くショックを受けて、凱旋で良くなって帰ってくるだろう、と気持ちを宥めていたら凱旋ではもっと酷くなって帰ってきていて、本当に本当に本当にショックだった。
酷くなっていた理由がなぜかはわからないし、酷くなったと思っているのはもしかしたらわたしだけかもしれない。努力の証としてあんなに声がガサガサだったのかもしれないし、もしかしたら、病気を押してたのかもしれない。
でも、ステージにいる以上、努力も、病気も、そんなの見ているこちらにはわからなくて、とにかく声が酷いということしかわからない。それが1人だけではなかったこともショックだった。
努力ならば、ああならないようにするべきで、病気ならばそうならないように細心のケアをするべきで、観ていてそんな風に感じてしまうことが本当に悲しかった。

他でもない『featuring校』に、そして、他でもない『氷帝』に。

舞台は、一度しか見ることの出来ないお客さんもいるし、彼らに好意的な気持ちなお客さんばかりではないと、わかって板の上にいるのか?と問いたくなる様な気持ちを、抱きたくなかった。

歌声は、三浦くんと、あとは氷帝公演から思っているけど、八巻くんがいなければどうにもならなかっただろうなあと思った。山崎くんも上手くて、彼らがそれぞれのパートで支えを作っているからコーラスは良く聞こえたけれど、REMEMBER HYOTEIのアカペラの部分は3rd用にアレンジしてアカペラを無くせばよかったのになあと思うほどの出来だった。
でも、正直歌が出来ないのは氷帝公演の時からわかっていることだから、もう仕方なくて、それがわかっていたなら歌を1曲だけにするとか、やりようはあったはずなのに、2曲で、それも上手くなければキツい歌で、果たしてアレで演出はよかったのだろうかと今も考えてしまう。公演が始まってからの伸びしろに掛けたのだとしたら『featuring校』なのに冒険しすぎだし、あの歌の出来で満足して出てきてしまったのだとしたら『featuring校』として酷い。
わたしが『featuring校』に対しての期待度が高すぎるのかもしれないけれど、今までの学校が『featuring校』としての役目をしっかりと果たして来たのを見ているから、氷帝にだってどうしても、期待してしまったのだ。
しかも今回は代替わりしていて、引っ張る役目を与えられていたから、余計に。 三浦くんは意識していたと思う。だから青学に発破かけたんだろうし。あの手塚戦の後だから、きっと余計に。他の氷帝のメンバーも、意識はしていただろう。でもそれが出来ただろうかというと、わたしにはどうしてもそんな風に見えなかった。
でもそんな風な感想を抱いてしまったことが凄く悲しくて、氷帝に対して熱い気持ちを持てないことが、わたしにとっては本当に悔しい。
だからこんな風に彼らに出来ないことを詰めてしまった演出が辛いし、こんな風にしないで欲しかった。彼らが(それぞれとして一番)良いのは芝居だと思うから出来ない歌ではなく、それを見せて欲しかった。
でも歌にこだわったのは、今までの流れもあるのだろうなと思うし、それを聞きたい氷帝を好きな人たちの気持ちもあるだろうから、その辺を考えたんだろうなと思うと、なんとも言えない部分ではある。でも、だとしたらもっと頑張って欲しかった、と思う堂々めぐりなのだけれども。
それに、氷帝に2曲与えるなら、その分を六角に割けばよかったのになという気持ちもある。
今回、六角が本当に凄く凄く、よかった。色々な経験者が多かったというのもあるけれど、それを抜きにしたって、ダンスも演技も歌も、本当に本当によかった。六角らしさの楽しさや体のキレが本当に素晴らしかった。試合がストレートで負けてしまうとはいえ、正直もっと見たかった。希望としてはもう少し試合のテンポを落としても良かったかなと思う。テンポが今までと変わらず早いから、まだ新青学勢の声に慣れてない耳には青学のセリフが聞き取りづらかった。彼らの滑舌もまだまだな感じもあるし。

あとは大千秋楽の、氷帝の幕間日替り。 あそこであんな風に反省やこれからのことを、彼らに語らせる必要はあったのかなあと思う。
あの公演は『六角公演』で『氷帝卒業式』じゃない。
なんなら、まだ卒業でもなくて、この後彼らには『チームライブ』も『ドリームライブ』もある。本公演としては、一旦おしまいだとしても、あそこで言わせる必要はなかったと思う。いつも通りの流れでやるべきだったと思う。
でも初めに書いたように、山吹公演のときに感じた通り、テニミュはどうしたっていつも民主主義だからああいうことになったんだと思う。
でも、じゃあ『テニミュ』という公演だけに思い入れがある人が見て、あれを見て、何を思えば良いんだろうか。
あれは正直、チームライブでやるべきだったと思う。『featuring校』ならば。ドリームライブでもきっと挨拶をするんだろうから、『六角公演』の本公演、大千秋楽でやるべきではなかったと、わたしは思う。


そんなわけで今回は氷帝に対しての悲しくてやりきれない思いを綴ったけれど、氷帝を嫌いだから責めたいわけではなくて、ああいう演出にしてしまったテニミュサイドに対しての憤りというか、そんな。

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